はなこタイムスの各記者が北多摩地域の年末年始の様子を写真で紹介。年明け7日まで随時更新。

1月7日

華やかに東久留米市の消防団出初式

 東久留米市消防団の2025年出初式が1月7日、西武池袋線東久留米駅西口ロータリーで行われた。小雨まじりのあいにくの天気にもかかわらず、多くの市民たちが見守った。

 東京消防庁音楽隊の演奏をバックに、消防車10台の入場パレード、団員100人による駆け足行進、6人のカラーガールズ隊による華麗な旗さばきなどの演技が続き、締めは4台の消防車による一斉放水。この後、東久留米市消防少年団が消火の実演を披露すると、大きな拍手がわき起こった。(鈴木信幸)

「七草」伝統継承はスーパー頼り

 セリ、ナズナ…。1月7日に七草粥を食べる風習は古くからあるようだが、一般化したのは江戸時代以降という。それにしてもこの日一日のために七草をそろえるのは大変だったろう。

 ましてや現在では自前でつんでくるのは困難。食べさせてくれる飲食店をはなこエリアで探しても見つからなかった。それでは、とスーパーに行ったら「七草パック」はもちろん、七草茶漬け、フリーズドライ七草、漬物風七草、とそろっている。

 春の芽吹きの力を借りて邪気を払うとともに、正月で弱った胃腸を整える理にかなった伝統をかろうじて守ってくれるのはスーパー様ということだ。(飯岡志郎)

1月5日

少子化歯止めのご利益は?

 清瀬市中清戸の日枝神社は戦国時代の創建とされ、その隣に明治時代に設けられた水天宮は安産祈願の神様。毎月5日は月次縁日で、2025年1月5日は初もうでの時期に重なった。多くの参拝者が並んだが、明らかに安産祈願と思われる姿はあまり見かけなかった。少子化の歯止めとなるご利益はあるか。(飯岡志郎)

1月4日

小金井公園たてもの園の正月特別開園で太神楽

 太神楽とは、お正月や結婚式など、おめでたい席に呼ばれて演じられる伝統芸能。たてもの園では新春の無料特別開演に合わせて、撥(バチ)、鞠(マリ)、傘、升、茶碗などを使った芸が披露された。

 曲芸にはひとつひとつおめでたい意味が込められている。「末広がり」の傘の上で金輪を回し「みなさんの金回りがよくなります」との口上には、観客もどっと沸いていた。最後に升を回した時は「ますますのご繁盛を」と、よき一年を願っていた。(卯野右子)

東村山駅130年、面目一新へ

 西武鉄道東村山駅西口の「東村山停車場の碑」と開業を待つ新駅舎。

 北多摩北部地域初の鉄道となる川越鉄道が1895(明治28)年3月、本川越―国分寺間で開業。同年8月、東村山駅が現在の位置でスタートした。「停車場の碑」はそれを記念して2年後設置された。

 高架化に伴い工事中の新駅舎は3年後の完成予定を前に姿を現した。西武鉄道は川越鉄道開業130年を記念して、沿線6自治体で募集したヘッドマークを付けた電車を今春走らせる計画だ。(飯岡志郎)

【参考資料】
・川越鉄道開業130周年記念企画 「川越鉄道開業130周年を沿線自治体で盛りあげよう!」(西武鉄道

1月3日

大規模改装後初売りのLIVIN田無

 大規模改装したばかりの田無駅北口の商業施設LIVIN(リヴィン)田無。初売り2日目の1月3日、初もうで帰りの家族連れなどでにぎわった。

 再開発事業により1995年建設された田無アスタビルに「田無西武」として開店後、リヴィン田無店となり、2024年11月大規模改装してグランドオープンした。

 なんとなく田舎のデパート然とした雰囲気は一新し、ドン・キホーテ、カインズ、西松屋、BOOKOFFといったどこでもおなじみの店が各フロアを占める。その一方、建物裏を走る青梅街道沿いにかつて軒を連ねた個人商店は激減し、人通りもまばら。地域の個性や特徴は薄まって街の画一化が進む。(飯岡志郎)

無料の絵馬に託す願い

 清瀬市のあるパチンコ店の店頭で見つけた無料の絵馬奉納コーナー。店によると新春恒例の行事で、誰でも自由に願い事を書いて奉納でき、客や道行く人たちに親しまれているという。

 絵馬はプラスチック製で、表は今年の干支ヘビのイラストが描かれている。店員は「御利益を招く保証はありませんが、今年の運を占うつもりで願い事を書いてほしい」と話した。(鈴木信幸)

1月2日

昔も今も地域の守り神

 西東京市住吉町にある尉殿(じょうどの)神社は、無住だが静かな境内は地域の守り神の雰囲気が漂っている。

 大きな神社や有名な神社と違い、初詣に来る人たちは周辺住民がほとんどだ。しかも三々五々にやって来るので静かな初詣の風景が保たれる。

 伝承では、創建は上保谷では建長年間(1249~1256年)、田無では正応年間(1288~1292年)とされる。どちらにしても歴史は古い。

 子供の頃に村の鎮守の神社に初詣に行った記憶がよみがえった。(鈴木信幸)

冬空に映える朱の大鳥居

 西東京市の東伏見稲荷神社は、京都市伏見区にある日本三大稲荷・伏見稲荷大社の分霊を奉迎して1929年に創建された比較的新しい神社だ。

 シンボルの朱の大鳥居は、”東の伏見稲荷大社”にふさわしい。大鳥居前の広場は、田無神社と同じく模擬店や土産物を売るテントが並び、買い物をする人たちでごった返していた。

 筆者が訪れた時は参拝のピークが過ぎていたのか、拝殿に向かう階段はスムーズに上れた。立て看板に「列は8列に」と書いてあった。ピーク時の混雑ぶりが想像できる。

 初詣の人出を当て込んでか、伏見通りの向かい側の歩道では日本赤十字社による献血の呼びかけが行われていた。

 ハンドマイクで献血を呼び掛ける職員の手には、今年の干支の白いヘビの縫いぐるみが。400ミリリットルの献血をしてくれた人には毎年、その年の干支の縫いぐるみをプレゼントする習わしだという。(鈴木信幸)

参拝を待つ人の長い列

 西東京市の田無神社に初詣に行って来た。混雑は想定以上だった。境内は模擬店や土産物を売るテントが並び、買い物をする人たちで身動きもままならない。

 参拝を待つ人の列は、拝殿からかなり離れた鳥居の外からつながっていた。列にならんでもいつ参拝の順番が回ってくるかわからない。列に並ぶのを諦めて、拝殿近くで参拝した。賽銭は投げ入れられなかった。

 賽銭の代わりに、宝船が描かれた壁掛け用の凧(写真)を2つ買った。来日中のドイツの知人へのお土産にする。(鈴木信幸)

1月1日

所沢市の城山神社からの初日の出

 城山神社へ初日の出を見に行った。

 この神社は戦国時代の城、滝の城址に建っており、南東を流れる柳瀬川を見下ろす丘の上にあることから、初日の出の穴場となっている。

 この日は天気が良く、多くの参拝客が初日の出を見ようと東側の崖周辺に集まっていた。(髙橋靖)

囲碁打ち初めに腕自慢集う

 西武新宿線田無駅北口にある碁会所「囲碁楽園」で1月1日、新春恒例の囲碁大会が開かれた。20人の参加者のほとんどがアマ高段者とあって終始、熱戦が繰り広げられた。

 将棋が藤井聡太七冠の活躍で、将棋人口が増えている一方、囲碁人口は減少に歯止めがかからない。元アマ本因坊の席主・鮫島一郎さんは「子供から大人まで楽しめ、誰にも親しまれる碁会所をめざす。こんな碁会所は他にないと言われるように頑張る」と、力強く今後の抱負を話してくれた。(鈴木信幸)

会津のお節料理「こづゆ」

 「こづゆ」は、干したホタテの貝柱で出汁(だし)を取る福島県会津地方の伝統的な郷土料理。祝い事には欠かせない料理で、手塩皿という朱塗りの底の浅い専用の器で食べる。

 具材は奇数種、9種以上使う。貝柱と戻し汁に戻した干しシイタケとキクラゲ、ニンジン、サトイモ、シラタキなどを入れて煮る。醤油と酒で味付けし、最後に白玉麩を入れてひと煮立ちすれば出来上がり。

 おいしく作るには、貝柱の量をけちらないことと、干しシイタケを入れすぎると貝柱の味が消えてしまうので注意すること。具材とその切り方、味付けは各家庭や地域により千差万別だ。上品な薄味が食べた人を虜にする。

 食べる時に、茹でた季節の青物ホウレンソウやキヌサヤなどを載せる。

 わが家では、具材選び、調理、味付けの全てを筆者がする。(鈴木信幸)

新年を待ちわびる初詣の人の列

 東久留米市の南沢氷川神社では、数百人の人が列を作り、元日の午前0時の初詣の開始を待っていた。
 この時期の気温としてはそれほど寒くなく、穏やかな新年の幕開けとなった。

 午前0時をまわると列が動いて整然と参拝が始まり、参拝を終えた客らは、今度はお守りやおみくじの授与所に列を作っていた。

 出口では甘酒が振る舞われ、暖をとる姿も見られた。(髙橋靖)

実は甘酒は苦手

 小平市の武蔵野神社。年が明けてまもなく初詣に向かうのが、我が家の定番コース。毎年、なんとなく焚き火を見つめて、おみくじを引いて、甘酒をいただいた。新しい年のいつもの元旦。(澤田篤志)

12月31日

夕日に映える2024年最後の富士山

 西武池袋線東久留米駅西口から西に真っすぐに伸びる「まろにえ富士見通り」は、富士山を撮影する絶好のポイントとして知られる。特に冬は空気が澄んで乾燥しているため、誰でも富士山の雄姿をきれいに撮れるので人気がある。

  駅西口にあった「富士見テラス」は「関東の富士見百景」に入っていたが、壁面の耐久力不足から2023年6月に解体・撤去されてしまった。それでも通りの奥に鎮座する富士山を、駅2階の西側の窓越しに撮影する人たちが絶えない。

 大晦日のこの日も、2024年最後の富士山を写真に収めようと10人ほどがカメラを構えていた。筆者は、富士山の高さ3776メートルの語呂合わせで「ミンナ ナロー 幸せに!」と念じてシャッターを切った。(鈴木信幸)

さらば北庁舎、さらば2024年

 1958年に東村山町役場庁舎として建設され、多摩地域の町村としては初の鉄筋2階建て庁舎で市制施行後も市役所として使われた同市役所北庁舎が66年間の役目を終えて取り壊し作業が進んでいる。跡地の利用法は今後検討されるが、とりあえず駐車場になる。

 2024年8月、東村山市制60周年記念事業として同庁舎で「子ども・若者未来会議」が開かれ、参加した子どもたちが取り壊し予定の壁に未来の東村山をテーマに自由に「落書き」した。「未来の夢」まで取り壊されないことを願う。(飯岡志郎)

左下写真は市制施行当時の北庁舎=東村山市提供

・あわせて読みたい:「こんな東村山にしたい」 子どもたちが旧庁舎の壁に未来描く

12月30日

野菜の直売所が大にぎわい

 年末価格で野菜高騰に拍車がかかる12月30日、小平市内の野菜直売所は朝から大にぎわい。不定期の開催ながら100人以上が早くから列をなし、野菜を積んだカートが届くと我先にと買い物かごに詰め込んでいく。キャベツ、大根、ネギ、白菜……すべて市価の半額以下。「年末と年始でこんなに食べきれるかな」。見知らぬ人同士が声を弾ませる。(片岡義博)

国宝の寺に響く管弦楽

 2024年12月27日夜、東京都唯一の国宝建築物「地蔵堂」がある東村山市野口町、正福寺の本堂地下で開かれたコンサート風景。埼玉県所沢市にある防衛医大病院総合臨床部の名誉教授田中祐司さんを中心とした医師、看護師ら腕に覚えのアマチュア音楽家たちによる演奏会だ。患者さんらを慰めようと同病院内で催されてきたがコロナ禍でできなくなり、同寺を会場に復活して4回目となる。 ベートーベン、バッハなどのクラシックを中心にポピュラー、ジャズと続き、最後には創作の音楽劇も登場。堂内を埋めたお客さんはアットホームな雰囲気と熱気あふれる演奏に酔いしれ、年の瀬の一夜がにぎやかに盛り上がった。(飯岡志郎)

・あわせて読みたい:北多摩戦後クロニクル 第11回1952年 東村山・正福寺地蔵堂が国宝再指定 地元の誇り、今も信仰と交流の場

12月28日

正月飾りが並ぶ西東京市の店先

 クリスマスが過ぎれば、街は正月を迎えるムード一色に染まる。西東京市のあちこちの店先には、注連縄(しめなわ)や輪飾り、若松などの縁起物がところ狭しと並び、買われるのを待っている。諸物価高の折から、縁起物の値段も去年に比べやや高めだ。(鈴木信幸)

12月27日

逆風の年賀状、あなたは出しましたか?

 懐かしの丸ポストが37本と、東京都内で一番多く残る小平市。ルネこだいら(同市美園町)前には日本最大の赤い丸ポストがそびえる。高さ2.8メートル、直径80センチ。15年前に市民らが作製して市に寄贈し、投函口が上下2つあって立派に実用されている。胴体は下水管、頭の部分は中華鍋を利用したというリサイクル作品であることもほほえましい。

 2024年12月25日午後、集配作業に出くわした。確かこの日までに投函すれば確実に元日に届くはずで、袋には多数の年賀状が詰まっているのだろう。しかし年賀状は年々減少、今年ははがきが値上げされて、「年賀状じまい」が取りざたされる逆風下にある。

 そんな中、朝日新聞が12月21日付土曜別刷りbeの10面「between 年賀状を出しますか?」の記事で、「はい」(出す)と答えた人が26%とあった。実は間違いで「はい」と答えた人は74%が正しい。本文の記事中でも、年賀状を出さないと答えた人が「7割を大きく超える」とあった。なかなかお目にかかれないミスで、朝日新聞は翌22日付で「訂正して、おわびします」と記事そのものを取り消した。

 何かと物議をかもしている年賀状、みなさんは出しましたか?(飯岡志郎)

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By 編集部

北多摩地域とときどき世界のニュース&出来事をお届け。 はなこタイムス編集部。

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