地域報道サイト「ひばりタイムス」と「はなこタイムス」の連載記事から2冊の本が生まれた。東久留米市に約60年暮らす杉山尚次さんが北多摩の歴史と風土にさまざまな角度から迫った『西武池袋線でよかったね』と『2都物語 札幌・東京』(鷲田小彌太さんとの共著)。自身の体験と記憶を交えながら写真とともに書物と現地を散策する2冊からは、見慣れた風景とは少し違った北多摩の姿が浮かび上がる。
『西武池袋線でよかったね』(交通新聞社新書)は「ひばりタイムス」に連載したコラム「書物でめぐる武蔵野」をベースにまとめた。西武池袋線沿線はかつて著名なマンガ家が住まい、西武埼玉ライオンズの本拠地があるといった個性を有する一方、全体に均質で画一的な「郊外」が広がる。そんな〝微妙な〟エリア北多摩の新たな一面、知られざる姿を関連する書籍のほかマンガ、音楽、ドラマを縦横に引用しながら探り出している。
キーワードは鉄道、団地、郊外化、川、軍都など。吉祥寺―田無―東久留米と南北に走る「幻の井の頭線延長計画」の路線とは? 大泉学園駅の「学園」は何を指すのか? 玉川上水を造ったとされる玉川兄弟は実在したのか? 地域にまつわる謎解きや推理、仮説が繰り出され、意外な事実も示される。「東久留米団地は軍事施設跡に建てられた」「渋谷も武蔵野だった」「古代の武蔵国には朝鮮系渡来人の里があった」「新座・東久留米・清瀬の境には在日米軍基地がある」――。
団地や郊外化に関する考察は戦後日本社会の変質をあぶり出し、古代史から現代に至る歴史への言及は地域が宿す独自の文化をすくい取っている。次々に登場する書物の筆者を挙げると、桐野夏生、国木田独歩、村上春樹、太宰治、原武史、柄谷行人、川本三郎、宮台真司……。すなわち本書は地元を新たな視点で捉え直す異色の読書ガイドにもなっている。
『2都物語 札幌・東京』(言視舎)は高度成長期、札幌と東京の郊外に造成された2つの「ひばりが丘団地」から、郊外が映し出す時代を論じている。2部構成で第1部は哲学者の鷲田さんが郷里の札幌・厚別の変遷をたどる。第2部は杉山さんが「ひばりタイムス」と「はなこタイムス」に掲載した記事に加筆した文章からなる。
東久留米市・滝山団地で撮影したNHKドラマ「団地のふたり」から展開する団地論のほか、田無と保谷の発祥地、東久留米市の古代遺跡、武蔵国に広がったオオカミ信仰など、忘れられつつある地元の歴史を掘り起こしている。
一見、似たような風景が続く郊外の北多摩にも固有の〝顔〟がある。そこに光を当てた2冊。前著のイントロダクションで杉山さんは「なんにもないと思われている土地にも歴史がある。それをちょっと知るだけで、『まち』が違ってみえることだってあるはずだ。…最近、団地がにわかに注目されだしたように、新しい価値を見つけるにはもってこいの地域だと思う」と記している。
参考情報:
・『西武池袋線でよかったね』(交通新聞社)
・『2都物語 札幌・東京』(言視舎)