電車の優先席

 「電車の優先席にだれも座っていないとき、あなたは座りますか」。京都大学に1年間留学したブルガリアの大学生が、京大の日本人学生らと外国人留学生計129人にアンケート調査した結果を論文にまとめた。「2024-25 日本語・日本文化研修留学生報告書」の「日本語・日本文化論集」に、「現代日本社会における『恥の文化』―優先席とエスカレーターを通して―」と題して掲載された。


 ヴェリコタルノヴォ大学4年のフリストフ・ドブリンさん(23)は、2024年秋から1年間、京都大学に留学した。日本人について、「礼儀正しくて、規則に厳しく従う」と聞き、「日本人の心理や考え方について知りたいと思っていた」という。

 来日後、電車やバス、エスカレーターなどに乗ったり、店で買い物をしたりするなかで、母国・ブルガリアと違う社会的な慣習に気づいた。電車の優先席利用や駅のエスカレーターの並び方などで、日本人と外国人の意識の違いを通して文化比較することにした。

 京大図書館で借りた『菊と刀』(ルース・ベネディクト)、『「甘え」の構造』(土居健郎)、『恥の文化再考』(作田啓一)を参考にしながら、日本人と外国人留学生の意識を「恥の文化」と「罪の文化」の観点から比べた。


 京都の留学生宿舎に住む外国人留学生(主に欧米人)66人と日本人学生ら63人にアンケートを行い、回答を分析した。30代以下の回答で、「優先席の利用頻度」について違いが出た。優先席に「よく座る・ときどき座る」と答えた日本人は25%ほどにとどまり、外国人の約40%を下回った。一方、「だれもいなければ座ってもよいか」という問いには、日本人の80%が「問題ない」と回答し、外国人(60%)よりも肯定的だった。しかし、「全部が空いている場合に座るか」と尋ねると、座ると答えた日本人はわずか7%に減った(外国人は約30%)。


 日本人は頭では「座って構わない」と考えつつも、いざ1人で座るとなると避ける傾向が強いのか。フリストフさんは、「日本人はルールそのものより、『他人の有無』や周囲の目を強く意識しているのではないか」と分析する。


 エスカレーターでの一列並びについても調べた。「片側を空け、一列に並ぶ理由」では、日本人は「友だちと一緒にいて、まわりに他人がいない時」は20%だが、「他人がいる時」は約34%に増えた。外国人は、他人が「いる時」も「いない時」も10%ほどで大差なかった。フリストフさんは、「日本人は他人を中心とした社会調和を守る規範に従いがちなのではないか」と話す。


 フリストフさんは、対岸にロシアやウクライナなどを望む黒海沿岸のブルガスで生まれ育った。子どものころ「NARUTO -ナルト-」や「ジョジョの奇妙な冒険」など、日本アニメで日本語に興味を持ち、16歳の夏休みから本格的に日本語に取り組んだ。学校の勉強の代わりに日本語に没頭したため、母親にしかられたこともあったという。


 フリストフさんが日本語を学ぶヴェリコタルノヴォは、第二次ブルガリア帝国(1185〜1396年)の首都。中世をしのばせる城跡や石畳の路地がブルガリア人観光客をも魅了する。大学は、日本語教師派遣などでJICA(国際協力機構)の支援を受けてきたが、2007年にブルガリアがEU(欧州連合)に加盟したためJICAが引き上げ、現在は民間団体が派遣を引き継ぐ。同大日本語センターには、7000冊の日本語書籍が残され、フリストフさんら日本語を学ぶ学生を支える。


 フリストフさんは、今回の研究について、個人的な限られた母数の調査であるため、「日本人全体に当てはまらない余地を否定できない」と振り返りつつも、「さらなる研究が求められる」と今後の探求に意欲を示す。

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By 吉井亨

日本語教師。元新聞記者。

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