音楽隊と共演する大間さん(まちにわひばりが丘提供)

 「令和6年能登半島地震」で妻子4人を亡くした大間圭介さん(44)の講演会「命と防災」が9月12日、13日の2日間にわたり、西東京市と東久留米市で開かれた。大間さんを石川県から招いて主催したのは「一般社団法人まちにわ ひばりが丘」。両日合わせて250人ほどの聴衆が、大間さんの話す自然災害のすさまじさに触れ、防災への思いを新たにした。

 地震発生当時、石川県警の警察官だった大間さんは、2026年3月に退職し、現在はギター演奏のボランティア活動や防災に関する講演を行なっている。今回は石川県以外で初めて行われた講演会でもあり、西東京市、東久留米市以外からも参加があった。

 12日は西東京市立ひばりが丘中学校(ひばりが丘3丁目)が会場となった。2024年の地震直後、メディアでも報じられた大間圭介さんの名前を記憶していた参加者も多かった。登壇した大間さんは「まず私がどんな人間か知っていただきたい。私の家族のことも知っていただきたい」と地震が起きた時のことを詳しく話し始めた。

 1回目の揺れが16時6分、2回目の揺れ(本震)が16時10分。たった4分の間に大間さんと家族の生死が別れたこと。警察と消防にひたすら電話をかけ続けたこと。時間を追って次々家族の遺体が発見されたこと。遺体安置所で子どもに「ごめんね、ごめんね」と声をかけたこと。時々大間さんの声は途切れた。「いつも持っているんです」と家族の写真を聴衆に見せ、思い出を語った。

 自宅に戻って現実を受け入れることができない日々が続いたが、「被災した自分にしかできないことがきっとある」と思うようになった。「災害から生まれた教訓を生かすことが、亡くなった方への鎮魂となると考え、防災の講演を始めた」と語った。また、「人に喜んでもらえることがしたい」との思いからギターと歌の演奏で高齢者施設などを慰問していると話した。

 後半は「東京消防庁音楽隊」の演奏から始まった。大間さんの音楽活動を知った主催者が講演会と演奏会を結びつけた。「上を向いて歩こう」では音楽隊と大間さんが共演。大間さんの話だけではなく歌声まで聴けたことは、参加者にとって大きなサプライズだった。

 13日は東久留米市立第五小学校(東久留米市南沢4丁目)が会場となった。大間さんの話に続き、講演会に協賛した不動産会社コスモスイニシアを交えて「防災・共助」を考える座談会の時間が設けられた。大きな災害があったとき、頼れるのは「ご近所」。日頃から緩やかなつながりをつくっておくことが大切、という話に参加者も大きくうなずいた。

 この日の演奏会は「東久留米交響楽団」が行なった。1992年から活動するアマチュアオーケストラから15人ほどが参加し、あたたかな音色を披露した。大間さんもギターと歌で参加。会場に響く参加者の拍手は一際大きかった。

 講演会・演奏会は両会場とも体育館で行われたが、会場の外では西東京消防署、東久留米消防署の協力で、防災に関する展示、体験、消防訓練が行われた。中学生、小学生も参加し、楽しみながら防災や避難生活を経験していた。

 両日とも夫婦そろって参加した大西由衣さん(東久留米市)はマンション住まい。「マンションならではの下水の事情を心配している。こういう話を聞いて住民みんなで備える必要性を強く感じた」と話した。

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By 渡邉篤子

ひばりが丘在住約30年。音楽教室講師の傍ら公民館などで音楽講座の講師を務める。ひばりが丘でエリアマネジメントをする民間団体「まちにわひばりが丘」のボランティアチーム「まちにわ師」2期生。コミュニティーメディア「AERU」担当。

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