周防正行監督(右)の話を聴くなつし聡さん(YouTube「冤罪犠牲者の会」チャンネルより)

 冤罪事件が後を絶たない。袴田事件大川原化工機事件福井女子中学生殺人事件…。西東京市に事務局を置き、冤罪撲滅のために活動する「冤罪犠牲者の会」は今年3月で結成7周年を迎える。事務局長を務めるなつし聡さん(66)が企画・制作してきた冤罪専門のラジオ番組は今年からYouTubeに場を移して発信を始めた。冤罪救済に向けた再審法の改正が正念場を迎えている今、「冤罪は他人事ではない」と訴えるなつしさんに話を聞いた。

「ほんとに何もやってません」

 西東京市芝久保5丁目にある、英会話と楽器を教える「フリーバード・カルチャー教室」。「冤罪犠牲者の会」の事務局だ。西東京市に住むなつしさんは、ここで会報の編集・発行やホームページ・SNSの発信などをこなす。再審法改正に向けた国会議員会館前でのアピールや議員への要請行動。昨年から定例の勉強会も始めた。取材に伺った日は結成7周年の記念冊子作り、さらに再審法改正に向けたオンライン会議を進めていた。

 会の存在を知って獄中から冤罪を訴える手紙が数多く舞い込むという。現在30人の受刑者とやりとりしている。ある受刑者からの便りには「私は一時期、完全に生きる意味を失っていました。……私は皆さんのおかげで生かされているのです。それはいずれ活かされる自分を信じて私を支えて下さる方たちがいるからです」と記されていた。 

 「手書きの手紙に詰め込まれた気持ちはダイレクトに響いてきます。わらにもすがる思いで一生懸命書いてくれた手紙です。一通一通を大事にする気持ちは忘れないようにしたいと思います

 骨身を惜しまず取り組む原動力を尋ねると、「いや、そんな大したものじゃないですけど、やると約束したら守らなきゃという単純な思いです」と気負うことなく語る。

 本業はポップ・ロックのミュージシャン。25歳でメジャーデビュー後、自主レーベル「ユメミノ音泉村」を立ち上げた。英会話や楽器を教えるカルチャー教室、音楽制作、ラジオ番組の企画・制作のほか、2008年に始まった西東京音楽祭のプロデュースなども手掛けてきた。

 冤罪に取り組むきっかけは、茨城県の強盗殺害事件「布川事件」で2011年に再審無罪が確定した桜井昌司さん(2023年死去)との出会いだった。冤罪事件を追ったドキュメンタリー映画のイベントで、29年間収監された桜井さんが獄中で自作した「闇の中に」という曲を歌うのを聴いて衝撃を受けた。

独房の小さな窓の向こうの闇の中、子どもの頃の自分や父母の悲しみ、苦しみ、優しさを思って切々と歌うんですよ。いや、すごい歌を聴いちゃったなと思って

 企画・制作していたコミュニティラジオ局の音楽番組のゲストに桜井さんをシンガー・ソングライターとして招いた。その抜群のしゃべりのセンスに感嘆し、2015年に桜井さんをパーソナリティーとするトーク番組「桜井昌司の言いたい放題!人生って何だ!」を始めた。

 初回ゲストは「狭山事件」で冤罪を訴えていた石川一雄さん(2025年死去)だった。以後、50人ほどの冤罪犠牲者らが出演し、2017年に立川市のコミュニティラジオ局「FMたちかわ」で始めた日本で唯一の冤罪番組「塀の中の白い花~ほんとに何もやってません」につながる。

■冤罪は誰の身にも起こりうる

 番組は奇数週の月曜午後11時半から30分間。「この番組は冤罪が誰の身にも起こりうる身近な問題であることをお伝えし、一緒に考えていただくことを目指している番組です」というナレーションで始まる。パーソナリティーのなつしさんがスタジオだけではなく、録音機材を携えて冤罪事件の当事者や家族、弁護士、支援者のもとに出向いていく。

 世の中には表沙汰になっていない冤罪事件が数多くある。痴漢や万引き、交通事故。それらに光を当てることを使命として2025年末までに再放送を含め計220回、100人以上の話に耳を傾けてきた。自白の強要やメディアの偏向報道、獄中生活、再審法への思い…。

とにかく素人が聞いてもわかるように冤罪を紹介する。弁護士さんの使う言葉が難しい場合は噛み砕いて伺うことを心がけてます。ただ冤罪のことを知りたいんだ、という透明人間みたいな気持ちで臨んでます

 その活動を追った海外のドキュメンタリー番組は「カンヌ・コーポレイト・メディア&TVアワード2022」 でドキュメンタリー・報道部門(政治問題)の最高賞・金イルカ賞を受賞した。

 番組は今年1月から、より多くの人に視聴してもらうためYouTubeに場を移し、冤罪専門チャンネル「なくそう!冤罪、終わらせよう!人質司法」(ひとえんちゃんねる)をスタートさせた。第1回は東京五輪汚職事件で「角川人質司法違憲訴訟」を起こした角川歴彦さんと弁護団らが人質司法の問題点について語っている。

 被疑者、被告人が罪を認めない場合、身柄を長期間拘束して自白を強要する人質司法は冤罪の温床とされ、国際的にも批判され続けてきた。チャンネルではマスコミが十分報じない当事者の声や司法の現状を伝えていく。

冤罪犠牲者の皆さんは怒りとか、あきらめとか、どうしようもない思いを抱えている。でもすごいなと思うのは、どこかの時点でみんなすごく前向きになるということです。いつか必ず雪冤する(無実の罪を晴らす)んだ、と。僕も最初は音楽業界に怒りや失望を感じていましたが、冤罪犠牲者の方たちに逆に勇気づけられたりもしました」 

■ “ I can do it. ”

 2019年 3月 2日、冤罪犠牲者の人脈を広げていた桜井さんを発起人として「冤罪犠牲者の会」が結成された。番組取材で参加したなつしさんは、いつの間にか事務局長に。共同代表は「志布志事件」の藤山忠さん、映画「それでもボクはやってない」(周防正行監督)のモデルになった「西武新宿線痴漢冤罪事件」の矢田部孝司さん、「湖東事件」の西山美香さんら冤罪被害者3人。会員は約300人に達する。

「みんな自分が被害に遭うまで冤罪なんて他人事だと思ってます。でもいったん巻き込まれると自由も夢も人生も奪われてしまう。誰しも心の中にも冤罪につながる芽を持っていて、普通に暮らす中で『ゴミ出しのルールを守らないのは、あの外国人に違いない』とあらぬ疑いをかけるのも冤罪です。遠い世界のことではないことを知ってほしい

 目前の課題は再審法改正だ。抜本改正を目指す超党派の議員連盟が国会に提出した法案は今回の衆院解散で廃案となり、約350人いた議連の議員のうち約100人が落選した。証拠開示の範囲を限定し、検察の不服申し立て禁止を盛り込まない法務省・法制審議会の法案が国会で通れば「改正どころか改悪になる」と日本弁護士連合会や市民団体は危機感を募らせる。だが状況がいくら厳しくなっても希望は捨てない。議員立法を成立させるために、これから新人議員に議連参加を働きかけていくという。

カルチャー教室に来た子どもたちには毎回必ず “ I can do it. ” と言わせるんですよ。僕が中学生の時の進路指導で担任教師に『ミュージシャンになる』と伝えたら『そんなの無理』と一蹴された。僕は子どもたちに『君ならできるよ』と言いたい。冤罪に巻き込まれた人たちにも「きっと雪冤できる」と言い続けたいと思います

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By 片岡義博

共同通信社の文化部記者として主に演劇、論壇を担当。福岡編集部、文化部デスクを経て2007年にフリーに。書籍のライティングと編集、書評などを手掛ける。2009年から小平市在住。

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