2月7日に講演とシンポジウムが開催された東久留米市の「川岸(かわぎし)遺跡」の現在の姿を写真で報告する。
見てのとおり、そこには調整池があるだけ。旧石器時代、縄文時代(主に前期)、江戸時代初期という重層的な巨大遺跡がここにあったことはまったく知らされていない。看板は調整池の説明。苦笑を禁じ得ない。





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2月7日に講演とシンポジウムが開催された東久留米市の「川岸(かわぎし)遺跡」の現在の姿を写真で報告する。
見てのとおり、そこには調整池があるだけ。旧石器時代、縄文時代(主に前期)、江戸時代初期という重層的な巨大遺跡がここにあったことはまったく知らされていない。看板は調整池の説明。苦笑を禁じ得ない。





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1958年生まれ。翌年から東久留米市在住。編集者。図書出版・言視舎代表。ひばりタイムスで2020年10月から2023年12月まで「書物でめぐる武蔵野」連載。