落合川の清流

 あまりに暑いので、「水」が記事になるかもしれないと、落合川(東久留米市)に出掛けた。酷暑のなかで川の水はさすがに涼しげに見える。ただよく見るとキショウブが倒れている。数日前、猛烈な豪雨が降ったからだと得心した。ここ数年、テレビなどで被害に遭った方が異口同音に「長い間ここに住んでいるけど、こんな雨は初めて」と語るのを耳にするが、北多摩北部も例外ではないことを実感するゲリラ豪雨だった。

 豪雨は下水を溢れさせ、その中身を拡散させる。水流でマンホールが吹っ飛んでいる光景は、見た目よりゲロゲロなのだ。

 雨による水質汚染といえば、パリ五輪のセーヌ川のトライアスロンが記憶に新しい。東京五輪もそうだったが、なぜトライアスロンという競技を都会の真ん中でやるのだろうか。パリも東京も通常、下水と雨水は分離して処理している。しかし、基準以上の雨が降った場合はその分離ができなくなり、浄化できない下水がそのまま川や海に流れてしまう、というのが水質汚染の原因らしい。

 そんなところを泳がされる選手は気の毒としかいいようがない。何かの利権? という勘ぐりをしたくなるような理不尽さがあるのと同時に、都市は文字通り「臭い物」に蓋をして成り立っていることを考えさせてくれる出来事だった。

 そして7月18日、はなこタイムス「北多摩駅前物語」清瀬編も強烈だった。西武池袋線の前身・武蔵野鉄道は、かつて都市部の糞尿を肥料の原料として運んでいたことがあり、「おわい電車」というありがたくない異名があったことは知る人ぞ知る話だが、その貯蔵地が清瀬駅そばだったとは! こういう歴史は水に流さないほうがいい。清瀬市がそれを公表しているのは評価に値すると思う。

 現在、日常的に「臭い物」は問題なく処理されているが、なにをきっかけにそれが噴流するかわからない。ゲリラ豪雨の頻発はその予兆かもしれない。

 阪本順治監督の最新作『せかいのきおく』(2023年)は、黒木華主演の作品だが、江戸末期、江戸の長屋から千葉方面に「おわい」を運ぶ寛一郎と池松壮亮の生業が物語のベースになっている。だから、全編「おわい」が飛び散っている、というか、「おわい」が主人公のような作品である。循環型社会はたぶん臭い。

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By 杉山尚次

1958年生まれ。翌年から東久留米市在住。編集者。図書出版・言視舎代表。ひばりタイムスで2020年10月から2023年12月まで「書物でめぐる武蔵野」連載。

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