「わかりやすさ」が受ける現代、ちょっと難しそうなもの、成果物がなんなのかがはっきりしないものは敬遠されがちだ。コストパフォーマンス(費用対効果)と同様に、タイムパフォーマンス(時間対効果)も問われる。わかりにくいことに可能性はないのだろうか。西東京市が主催したワークショップに参加した体験を通して考えてみた。
■わからなくてもやってみよう!
「五感を育てよう」と題するワークショップは2024年1月21日、西東京市在住の現代アーティスト、O JUN(おう じゅん)さんを講師としてコール田無で開かれた。普段の生活の中であまり意識されない五感を使って、感じたことや思ったことを、絵やことば、いろいろな形で表現してみようとする試み。
この企画は何を目指しているのか? 五感をどう育てるのか? 五感を育ててどうなるのか? 多くの疑問を抱えた状態で筆者も参加した。狙いも目標も何が起こるのかも「わからないことだらけ」に向き合うこととなった。
O JUNさんは東京芸術大学で教鞭をとり、国内外で活動する現代アーティストだ。2023年1月にも「探し物は、なんですか?」と題する2日間のワークショップを開催した。見つかったなくしものや忘れてしまっていたものを集めて参加者が自ら作った箱にコレクションする。今回の「五感を育てよう」と同様にどんな内容になるのかが事前に伝わりにくい企画だった。
今年の参加者は小学生から年配の方まで幅広い年齢の8人。昨年に続き「五感を育てよう」というお題で、なんだかわからなくてもやってみよう!と飛び込んでくる参加者はツワモノなのではないだろうか…そんな気持ちすら湧いていた。
■みる・きく・あじわう・かぐ・さわるのワーク
会場では、みる、きく、あじわう、さわることで感覚を刺激する仕掛けが用意されていた。
まずはロールにまかれた90センチ幅の画用紙を1メートルごとに切っていく。紙の手ざわり、物差しに沿ってカッターが紙をつたう感触、紙を切る音。参加者8人分の画用紙を1枚ずつ切っていく作業は、無駄な時間のようで、そこにいる者の感覚を刺激していった。
続いて視覚のワーク。2人のペアを組んで3分間じっくり相手の顔をみる。どのチームも真剣だ。こんなに人の顔を凝視する機会はないだろう。相手の顔を脳裏に焼きつけた後、目隠しをして、まぶたの裏に残る相手の顔の像を画用紙に描く。
目や鼻といったパーツの特徴を捉える人、全体の雰囲気を捉える人、それぞれだ。目隠しをして描くことは、うまく描こうという意図が全く通用しない描き方だ。目隠しをとって出来上がった絵をみて、「よく描けてる!」「目元が似てる」などの声があがった。
次は耳、聴覚。ピアノ曲や現代音楽をきき、そこから感じたことを絵だけでなく、言葉、記号などを使って表現する。具体的なイメージを写し取ったり、抽象的な表現だったり。また言葉や詩に書きとどめる参加者もいた。
ランチタイムは味覚の時間。お弁当を味わい、味やにおいから得たイメージを描く。口の中に広がる味や、感触、香りとともに感じる風味に感覚を研ぎ澄ます。
午後からは、さわる、触覚のワーク。ペア同士がお互い握手をして、相手の手の感覚、さわった感触と同時にさわられる感触を画用紙に描いていった。手のひらを触った感じはどうか? 手の甲とはどう違うのか? 描いている途中にも、何度もさわり直し再確認していた。
■「制作」というより「創出」があった
どのワークも、感覚をフルに使ったものばかりだった。ワークショップを終えた参加者は「普段体験できないようなアート体験ができた」「アートの見方、イメージが変わり、今後アートをより楽しめると思った」と感想を語った。
「ひとりではたぶん続けられなかった長時間のワークは、時に人目が気になったが、徐々に忘れて自分の世界に入ることができた」「最初は戸惑いもあったが、ワークが進むにつれて、新たな自分を知り、他者を知る楽しみもあった」という声も。
ロジックや理性より、感覚と身体で表現する。作業の過程で今までみえていなかったものがみえたり、新たな気づきがあったり、本音が立ち現れることもある。「目的を明確にした、成果第一主義とは違う良さがある」と感じた参加者もいた。
O JUNさんは個々の「感覚地図マップ」が出来上がっていると評した。感覚が開かれた結果、そこにはその人の感覚によって記された、それぞれの世界地図のような感覚マップがある、と。
「感覚を使うことは、理性を使って目的や成果に向かって一直線に進むこととは異なり、ジグザグな道をたどる。個々の資質である感覚・五感の一端に触れ、想定を超えた作品になった」とO JUNさんはうれしそうだった。「形容しがたいワークショップのあり方ではあったが、『制作』というより『創出』があった」と。
■「わからなさ」をからだで楽しむ
わかりやすさ、手早くわかることが好まれる時代だ。わかりにくいこと、難解なことは敬遠されがち。今回も「五感を育ててどうなるのか?」「どんな成果が得られるのか?」という疑問があった。
ワークの作業では自分の内側から湧き起こってきたものをただ描いた。五感を使い作業に集中することで、うまい・へたといった評価に縛られず「力を引っ張り出された」ように筆者は感じた。わからないことに向き合うには、頭で考えることと同じように「わからないけどやってみる」といった「感じて動く」ことも有効なのではないだろうか。
わかりにくさと向き合うには忍耐がいる。これからの時代、予測不可能なことや、正解がひとつではないこと、あるいは答えがないことと向き合っていかなければならない場面があるだろう。そんな時こそ、感覚を開き、感覚を使って物事に向き合う、答えを探してうろうろする、答えがすぐにわからない状態を耐え、楽しむひとつの術を教わったのではないかと感じている。
【参考情報】
・O JUN(MIZUMA ART GALAAERY)
・O JUN(美術手帖)