平和観音像

 7月22日の本サイトで、敗戦間近の1945年4月2日、墜落死したB29搭乗員、いわば「敵」を供養し、平和観音像を建立したエピソードと、その精神をのちに伝えようと紙芝居を上演する活動が紹介された。実をいうと、この平和観音像については、最近刊行された単行本でも論評されているので、あらためてご紹介したい。

 それは詩人で評論家の添田馨氏が書いた『ゆきつく果ての護憲』という本で、8月の初頭の刊行。

 「憲法改正を画策する者たちの手の内はすべてみえている」という著者は、しばしば改憲の論理として出される「起草者の諸属性、使用された言語の帰属性」(つまり押しつけ論)などは二義的な要件であり、「国の安全保障環境」云々は、別次元の問題へのすりかえだとしてことごとく退ける。

 そして護憲論の根底に、祖霊信仰等多くの日本人の宗教的な心性にふれる本質を見出していく。憲法「第9条」は、もの言わぬ三百万の戦死者を慰霊する制度であり、それは古来からの日本人のメンタリティーに通じているとする。

 その慰霊の対象は日本人にとどまらない、「敵」すらをも弔うものがあるとして、青梅市柚木町、川口市安行吉蔵、足立区北千住などの実例を挙げ、著者はそれぞれを訪ねている。そのひとつが東村山市秋津町の観音像なのである。

 その様子を以下に引用する。

▼東村山市秋津町の民間敷地内の観音像と関連銘文

 きわめて整備状態のよい慰霊供養の施設だといってよいと思う。JR武蔵野線新秋津駅から十五分くらいの歩程の志木街道沿いにあり、現在は紳士服専門店の駐車場に隣接している。石造の台座のうえにやはり石で彫られた一・五メートルほどの聖観音菩薩立像が残る。同じ敷地内には銅製の銘板が設置してあって、同施設の由来について日本語と英語による詳細な説明がなされている。この墜落事案に関するPOW研究会データベースの概要記述は左記のとおりである。

 1945年4月2日午前3時頃 東京都北多摩郡東村山町南秋津(現・東村山市秋津町一丁目)B29(機体番号44―69752、第73航空団498爆撃群所属)が墜落。

 北方へ向かって飛んでいた数機編隊のB29のうち1機が対空砲火を受けて炎上、大音響とともに墜落。積んでいた爆弾が爆発して機体はバラバラになり、地上に直径20メートル、深さ6メートルほどの大きな穴があき、民家7軒が破壊された。

 補足すれば、搭乗員十一名全員が死亡したとみられたが、確認できたのは三遺体のみだったとされる。同機がそれだけ激しい爆発に巻き込まれた事実を物語る。また、同市の「ふるさと歴史館」には、この事案にかんするより詳細な説明版が設置してあった。以下に引用する。

 昭和20年(1945)4月2日の夜間空襲の際、B29が高射砲により撃墜され、南秋津の茶畑に墜落した。付近の空襲被害と墜落の巻き添えにより、被害民家23戸、焼失家屋1戸、死者3名と、B29の搭乗員11名は全員死亡した。米軍の遺体は花見堂墓地の周囲の小高いところに埋葬され、終戦直後に「無名戦士の墓」と題した墓標が建てられた。遺体・遺品は返還された。(以下略)

 これらの記述から分かるように、この東村山のケースは、米軍機のみならず一般住民にも相当な被害が出ていた悲惨きわまりない事態だったことが窺えよう。しかしながら、観音像の台座後ろに刻まれた銘文は、驚くほど明澄な内容のものだった。その一部をつぎに引く。

 (…)戦時中偶々此地に於て貴き幾多の人命を損す 茲に人類の恒久平和を祈願し在天の英霊を慰め慈悲を求め本像を発願建立せし次第なり 散華の英霊願わくば我が意を汲み安らかに眠り給へ

  昭和三十五年七月二日    小俣権次郎

 このように、ここには敵も味方もなく、共にこの地で落命したすべての人を悼んで、自分はこの観音像をつくったのだという建立者の発意と、さらに、その母胎をなす祈念が「恒久平和」という四文字に宿っていることがはっきりと表明されている。「英霊」とは、ここで戦死した米軍兵士を指して言われているのは明白であり、建立者の意思が、自国民の「英霊」をしか顕彰しない靖国神社的な護国思想をもはるかに超えでるスケールのものであったことが読みとれるのである。

 非戦も護憲も夢物語だとする意見は多い。それに抗して著者は、いや実際にこういう実践がある、非現実ではないのだ、ということを懸命に地道に論証しようとしているのである。

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By 杉山尚次

1958年生まれ。翌年から東久留米市在住。編集者。図書出版・言視舎代表。ひばりタイムスで2020年10月から2023年12月まで「書物でめぐる武蔵野」連載。

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