今年6月11日に迎えたひばりヶ丘駅開業100周年を記念した写真展が先ごろ開催された。6月8日に行われた記念式典の様子のほか、同駅の前身「田無町」駅時代からの歩みをたどる写真約30点も展示された。来場者のなかには、写真を見て思い出に浸る姿もあった。
■40年前のミスタードーナツ、駅ビルテナントも
写真展は7月10日から13日まで、駅に近いひばりが丘図書館で開催された。西東京市図書館所蔵や、地域の古い写真などを紹介する市民活動「西東京市写真発掘隊」の協力を得た写真を展示。また、1924年の駅開業と同じ時期に、南側に自動車学校が設立▷59年にひばりが丘団地竣工、駅名も「ひばりヶ丘」に▷70年以降にボウリング場や商業施設が立ち並ぶ▷93年にパルコオープン▷2019年、北口ロータリー供用開始-などの歩みにもふれた。
今回は、まず出展された西東京市図書館所蔵のモノクロ写真を数枚紹介したい。1983年5月28日付の南口ロータリーの写真Aを現在の写真A‘(記者撮影)と比べると、すでに西友やミスタードーナツはあるが、周囲には今ほど建物がなかった。
1991年1月29日付の駅舎と駅ビル(?)が写った写真Bと現在のB‘(同)では、ビルのテナントの様子もかなり変わっている。階段下にも店舗があり、甘栗店などもある。写真Cは71年のひばりヶ丘駅ホームの様子。服装から季節は夏前後か。池袋方面の電車に乗る人であふれている。高度成長期の通勤ラッシュも思わせる一枚だ。こうした駅舎やホーム、駅前、周辺の風景などを収めた写真が時代を感じさせ、往時を知る人には思い出がよみがえるはずだ。
■「これ私です」 来場者の感慨
写真展初日に訪れた女性Mさん(89)もその一人で、一枚の写真に見入っていた。駅の改札口で幼児を抱っこしたワンピース姿の女性が写った62年のもの(写真D)だが、Mさんは「これ私です」とうれしそうに話した。
60年に結婚してひばりが丘へ。都心で仕事をしていたこともあり、ひばりヶ丘の印象を「田舎で、終戦直後みたいにごみごみしていて、大変なところに来ちゃったと思いました(笑)」と振り返る。だが、この地で4人の子供にも恵まれ、60年余り暮らしてきた。夫は4年前に亡くなったが、写真が好きで、残した家族や地域の写真を娘さんがツイッターで紹介。そのうち何枚かが、西東京市写真発掘隊を通じて今回の写真展に出展された。
「写真を見るといろいろ思い出すし、こうして皆さんに見ていただけて、夫も喜んでいると思います」とMさん。現在のひばりヶ丘駅周辺の印象を聞くと、「きれいでいい街になりましたよね」といい、「夫が亡くなって寂しいけれど、ひばり(が丘)が大好きだから、まだまだここでがんばろうかなと思っています」と微笑んだ。
■市長、ジュンスカも思いはせ
6月の開業記念式典で西東京市の池澤隆史市長は、「かつて駅前に自動車学校があり、駅に通じるメイン通りは今のパルコの前の道だった。60~70年代は通勤通学客で線路沿いの歩道は自転車であふれていました」などと記憶をたどるように語った。スペシャルゲストで、学生時代をひばりが丘で過ごした西東京市「PR親善大使」のロックバンドJUN SKY WALKER(S)(ジュン・スカイ・ウォーカーズ)のメンバーも、駅周辺に2軒のレコード店やボウリング場、書店などもあり、「俺らにとっての一等地だった」と話していた。
最後に記者は、2003年夏に現在の住まいに引っ越して以来、ひばりヶ丘駅を最寄り駅にしている。この20年余でも、街の様子はだいぶ変わったが、折々の思い出を重ね、愛着も増している。一人一人に駅前物語はあるのだ。