現在の保谷駅南口のバス降車場。このあたりには、道の向こう側に移転した「大勝軒」などの小さい店が並んでいた

 保谷南口駅前の工事は2006年に始まり、2012年に今のようなロータリーになって、バスの乗り場も増え路線も増えた。そして何よりも運転手は楽になっただろう。

 以前は駅前のバス停とメインストリートの間に島のように小さな商店街があり、バスはその手前を直角に左折して駅前に入った。区画が昔の作りなので、道幅はちょうどバス1台が通れるくらい、角に隅切りはなく直角で(今は東京都条例でほとんどの角地で隅切りが義務化されているが)、おまけに電柱まで立っていた。

 なので、バスは曲がる手前で道路右端まで大きく頭を振って左折する形になり、その電柱とバス左側面、商店とバス右側バックミラーの幅はわずかで、少しでも目測・ハンドルさばき・スピードを誤れば事故になっただろう。まさに超絶技巧、あるいは神技とも言うべき運転技術が見られたのだった。

▪️整備以前の保谷駅南口

 駅前が今のようになる前、保谷駅着のバスは、吉祥寺駅・三鷹駅・武蔵境駅・田無駅から来る路線だった。いろいろいわくがあって有名な北京料理店「保谷武蔵野」(2002年に廃業、現在はマンション)の前の道を保谷駅に向かい、野口屋書店前あたりで左折して駅前広場に入った。パチンコ屋の前で降ろされた記憶もある。

 保谷駅発は、島の大泉側である西友前から右折して吉祥寺等方面に行く。大泉学園駅方面から来るバスはなく、今は広くなった東伏見駅と通ずる道も狭い商店街で、バスは通っていなかった。なので、保谷駅に入るバスはすべて左折、保谷駅から出るバスはすべて右折だった。

▪️唯一の〝失敗〟

 道路右端まで頭を振るので、ここには誘導員(いわゆる旗振り)がいて、対向車(と歩行者)を止める。乗客の目、誘導員の目、対向車の目、歩行者の目がある中、運転手も緊張しただろうと思う。私はこの路線を子どもの頃から保谷を離れるまで30年以上利用してきたわけだが、その間、ここを失敗して切り返した例は1回しかなかった。

 その時、そのバスに私は乗っていた。乗客としては、ここを一発で入れるかに、いつも注目していたものだ。このときも頭を右端まで振って左折していった。しかし、ハンドルを切るタイミングがずれたか目測を誤ったのだろう、左折途中で止まった。バス中央部左側に乗っていた私は左に目をやると真ん前に電柱があり、窓を開ければすぐに触れられるくらい。バス左側面が電柱に接触寸前だった。運転手はバックミラーを見ていたのだろう。まさに寸前で止まって、誘導員に後方確認を指示してバックして切り返し、左折をやり直して事無きを得た。

 しかし、失敗はその1回だけだった。すごいことだ。ここは見るからにかなりの難所。多分、この路線を担当する人は、相当の訓練をするのだろう。だから、運転手に年配の人が多かった印象がある。やはりベテランが多かったのだろうと思う。

▪️もう一つの難所

 現在、ひばりヶ丘駅南口からひばりが丘団地に向かうバスは、ひばりが丘プラザを過ぎたところの交差点を右折した後、突き当たりを左折してさらに右折するというクランクを通る。その直前の道路幅が狭くなっていることもあって、やはりここが難所で、バス同士はすれ違えず、建物があるので対向車は見通せない。カーブミラーはあるが、限界があるだろう。クランクの最初の左折と後の右折の間の直線部分は普通の乗用車とはすれ違えるが、左折・右折のカーブ部分では道路幅一杯を使うので普通車ともすれ違えない。だから、ここには最初の左折のところに誘導員がいて、対向車を止めている。後の右折の所(団地から駅に向かうバスは最初の左折になる)には誘導員がいないのでカーブミラー頼りとなる。とはいえ、ここは道路幅に余裕があるし隅切りもしてあるので、かつての保谷駅前ほどの高揚感はない。

 保谷駅前は再開発されてきれいになり、運転手も楽になった、とはつまり、安全になったということで喜ぶべきだろうが、あの超絶技巧の職人芸を見ることができなくなったことには寂しさも覚える。

Loading

By 新谷靖

1959年保谷市生まれ。1994年に転居するまで、親の転勤で北海道で過ごした小学校4年間を除いて保谷市に住んだ。

2 thoughts on “【北多摩 駅前物語】保谷駅南口編 神技バスはもう見られない”
  1. いや、懐かしく読みました。 私も、1958年生まれで、生まれてから30年間、石神井公園駅のそばに住んでいたことがあり、石神井公園駅から荻窪に向かう西武バスが駅前商店街の中を神業運転ですれ違うのに驚愕しておりました。
    後年、自分で運転免許を取りましたが、大型バス同士のすれ違いや狭い十字路の右左折がこんなにも超絶技巧とは思いませんでした(笑)  今では、石神井公園駅も高架化に伴い区画整理されたため、往時の面影もほとんどなくなり、たまに訪れると隔世の感というより浦島太郎の気持ちです(笑)
    また、新谷様のエッセイ掲載を是非お願いいたします。

  2. 大型バスという巨体の側方感覚に加え、内輪差による旋回半径をも考慮した、神業「一本」という感動ですね。
    運送業に関係していた時、大型トレーラーのバック+旋回時に業界用語で「ジャックナイフ」と呼ばれる、
    トレーラーヘッドが真後ろを向くまで頭を振っってからバックに移る操作を見ました。
    路上の人間から見ているとトレーラーの動線が読めず、危ないどころか「気持ち悪い」くらいの動きでしたが、
    世の中、色々な達人がいるものですね。プロフェッショナルのみなさんに敬礼!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

PAGE TOP