滝山団地内の公園

 過日、NHKのBSを見るともなく見ていると、小泉今日子と小林聡美が主人公のドラマ『団地のふたり』が始まるという予告があった。その予告編の映像は、うわぁ、キョンキョンふけたな、という印象はともかく、小泉でいうと映画『グーグーだって猫である』、小林では映画『かもめ食堂』を想起させるゆるい感じのものだった。これはもちろん個人的な感想で、なんの根拠もないが、この感じは見なくては、と思った。

そういうドラマファンは多いのか、少ないのか、BSの日曜夜10時からというのは微妙な感じがある。でもキャストは、ふたりのほかに橋爪功、丘みつ子、杉本哲太、由紀さおり、名取裕子……と著名どころが揃っている。

▼滝山団地のふたり

 ドラマが始まってすぐ、小泉が電車を降り(西武新宿線ではないように見えた)、駅前のバス停を歩いているシーンを見て、思わず〝えっ〟と声を上げてしまった。「花小金井駅南口」とあるではないか。すると「団地」というのはどこだ、ということになる。なかなか来ないバスに業を煮やして小泉が歩き始めると、バスが追い抜いていく。その行先は「東久留米駅」だった。これは滝山団地(東久留米市)が舞台に違いないと思った。ドラマや映画で知った土地が舞台だったりすると、妙に親近感をもってしまうことがあるが、いきなりである。

 もっとも、ドラマの中では「夕日野団地」となっているし、公式HPなどを見ても「滝山団地が舞台です」とはどこにも示されてはいない。しかし、ネットを見るとモデルかつロケ地は滝山団地だということはたくさん出てくるし、録画したものをよく見ると、あ、ここね、というところもあった。なのでここでは、「滝山・・団地のふたり」ということで話をすすめる。

 このドラマには原作がある。芥川賞作家の藤野千夜作『団地のふたり』(2022年U-NEXT、24年双葉文庫)である(続編が10月に出るようだ)。

 原作とドラマで、団地の設定は少し変わっている。原作では昭和30年代半ばに建った築60年以上になっているが、ドラマは築58年。滝山団地は昭和40年代(68年)なので、ドラマと合致する。原作は私鉄の駅からすぐだが、ドラマは前述のとおり私鉄駅まではバスがレギュラー仕様。団地の〝くたびれ方〟の印象はどちらも同じ。商店街にある馴染みの昭和風の喫茶店で主人公たちが「モーニング」を食べるシーンが両者にもあるが、昔の時間が流れている街に特徴的なスポットだということができる。

 主人公の設定は基本的に同じ。50代のふたりは同い年(ドラマは55歳)、同じ団地で育ち、保育園、小学校、中学校も一緒、一番の仲良しだった。小説では語り手となるのは、最近仕事の依頼が少なくなっているイラストレーターの奈津子。こちらは小林聡美が演じる。もうひとりの野枝は、小泉今日子が担当。大学の非常勤講師をしていて、通勤に往復4時間かかると愚痴っている。

 ふたりとも現在独身。結婚などで一度は団地を出たが、いろいろあって実家のある団地に舞い戻ってきた。再会した大親友のふたりは、つつましくも、どこか愉快な暮らしを続けている。

 この設定、どこかで見たなと思っていたところ、思い出した。バブル時代のドラマ『抱きしめたい』(88年)だ。主人公のふたり、浅野温子と浅野ゆう子は、幼稚園から一緒だというセリフを毎回のように繰り返していた。考えようによっては、80年代〝トレンディ〟だったふたりが、30数年を経て団地に〝戻って〟きたといえるかもしれない。いまのトレンドは団地?

▼秀逸なディテール

 『団地のふたり』は団地抜きには成り立たない。エピソードは取り換え可能だが、団地は外せない。それでもふたりのなんでもない生活のあれこれが、見ていて面白い。生活を描く場合、「力強くしたたかに生きる庶民」というステレオタイプな表現があるけれど、そういうのとは違って、力がはいっていないようにみえるのがいい。

 それと大事なのは細部だろう。食べ物は素材も食べ方も具体的でなくてはいけない。ネットオークションで売る品物(ある意味ガラクタ)も同様。野枝(キョンキョン)の兄貴が若かりし頃、ツッパリ頭で「フォークさん」をやっていて、80年代の弾き語りギター譜をしこたま買い込み、押し入れの段ボールに秘蔵していた。これをふたりが売り払うというエピソードがあった。

 ドラマで出てきた楽譜は「さだまさし」「アリス」「オフコース」で、現物が写っていた。これがそれぞれ2999円で売れるのだが、このニューミュージックの代表選手たちは原作には出てこない。もう少しマニアックに「ブレッド&バター」が3699円で落札されたことになっている。思うにこれは「ブレバタ」の現物が入手できなかったか、テレビ的には「ブレバタ」じゃわからん、ということになったのではなかろうか。……この文章でも細部にこだわってみた。

▼団地のドキュメンタリー

 さて、ドラマの舞台である大々的に建て替えられていない団地は、失礼なもののいい方だが、どことなくリタイア感が漂っている(他人に言われたくないとは思うが)。

 高い年齢の住人が目立ち、どの棟にも空き部屋が少なくなく、商店街はシャッター街になりつつある。こう書くと、「さびれた」という形容をしたくなるが、じつはそれもステレオタイプなのだ。単純に「さびれた」とはいえない、人びとのいろいろな事情が絡み合い、もっと複雑な動きがどのまちにもある。

 『団地のふたり』が始まるちょっと前、NHKの番組『ドキュメント72時間』が、千葉県の「花見川団地」を取り上げていた。これは『団地のふたり』の解説番組じゃないのと思えるくらい、ふたつの番組は共振していた。

 花見川団地は68年に入居開始なので、滝山団地と〝同い年〟。京成本線「八千代台」駅からバス15分程度という条件も滝山と似ている。外装のカラーリングを変えたりしているせいか、滝山より少し手が入っているように見えた。

 ホームページをのぞくと、家賃相場は3.6~6.5万円/月程度と出ていた。これは番組のなかで、安い家賃なのでセカンドハウスとしてここを借りているという高齢男性の発言と対応する。滝山も同程度だろうと想像がつく。

 そしてその生活。子どもたちは元気で植え込みのなかに自分たちの〝秘密基地〟をつくっている。夫婦別々に、2つの住まいを借りている高齢者がいる。おばちゃんたちは、やっぱりおしゃべりが好きだ。八百屋や総菜店もたんたんと商売を続けている。歩いて買い物するのがきつい人のために、ボランティアで自転車による送迎をする人もいる。ステレオタイプのイメージではとらえきれない、そして統計的な数字には還元できない、それぞれの暮らしがある。『72時間』の最後に登場したひとり暮らしの女性が、部屋から見える団地の夜景をみながら、ここに住んでいると、ひとりじゃないんだという感じがして安心する、という意味のことを言っていた。団地の可能性をひらく新しい共同性の胎動かもしれない、と思った。

【関連情報】
・団地のふたり(NHK

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By 杉山尚次

1958年生まれ。翌年から東久留米市在住。編集者。図書出版・言視舎代表。ひばりタイムスで2020年10月から2023年12月まで「書物でめぐる武蔵野」連載。

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