映画『橋と眠る』のチラシより 題字はマンガ家かざま鋭二氏(22年10月に死去)のもの

 「三鷹の跨線橋」をご存じだろうか。正しくは「三鷹跨線人道橋」という。JR中央線の三鷹駅を武蔵境方面に行ったすぐ近く。中央線と並行して存在する三鷹車両センターの十数本のレールを跨ぐ歩行者用の陸橋で、太宰治ゆかりの場所としても知られていた。この橋が2023年に閉鎖されたことをきっかけに、〈橋〉を舞台にした映画が撮られた。

 その名も『橋と眠る』(神山てんがい監督)。70分の作品で、阿佐ヶ谷駅近くにある映画館Morc(モーク)阿佐ヶ谷で1月24日から1週間公開された。東京新聞などで大きく紹介されたこともあって、連日のように満席となり、3月14日(金)からの再上映が決まった。

 座席数100未満の劇場とはいえ、これは異例のことだろう。〈跨線橋〉がもつ不思議な力なのだろうか。

▼太宰治の場所

 地元の人間でもないのに、なんとなくこの跨線橋を知っている気がするのは、太宰治絡みだからだろう。太宰がその晩年、三鷹に住み、近くを流れる玉川上水を終焉の地としたことはよく知られている。三鷹市も太宰を地元の作家として遇している。「太宰治文学サロン」を開設し、webでも「太宰ゆかりの場所」を紹介しているのだが、そこに「跨線橋」が載っている(太宰治と三鷹)。

 太宰はこのスポットを気に入っていて、作品にこそ登場させていないが、訪れてきた友人や知人をしばしばここに連れてきていたという。「太宰陸橋」という異名もあるようだ。そんなこんなが、どこかで紹介されていたのだろう、ここをなんとなく知っている気がするのはそういった理由だと想像する。

 三鷹の跨線橋は1929(昭和4)年に作られた。材料には古いレールが使われていたようだ。橋上から下り方面を眺めると、眼下には車両基地の何組もの線路が並び、目を遠くに移せば、さえぎる物がないため視界が広く、晴れた日には富士山や丹沢の山々が見渡せる。太宰ならずとも、この場所に惹かれた人が多かったことは理解できる。

 それが老朽化のため、2021年1月に解体・撤去されることが決定した。橋を所有していたのはJR東日本で、三鷹市と跨線橋の保存について協議した。橋全体を市に無償譲渡する案が検討されたこともあったという。しかし、保存のためは耐震化工事が必要で、それには多額の費用がかかるということなどから、撤去することで合意した(読売新聞オンライン2023年10日10日を参照した)。

▼異世界をつなぐ

 そもそも橋には、こちらとあちらをつなぐ意味から、この世とあの世をつなぐという比喩的な意味をもつことがある。とりわけ跨線橋はどこにでもある存在ではない。非日常的な空間だし、映画のような光景を目にすることができる。ずっと見ていても飽きない風景だ。

 たとえば、JR鶯谷駅横の陸橋からは東北本線などの長距離列車と山手線や京浜東北線、京成電鉄が並走するのを眺めることができるし、JR御茶ノ水駅そばのお茶の水橋からは総武線と東京メトロ丸の内線、それから神田川が交差するのが見える。これらの名所に引けを取らない眺望を三鷹の跨線橋はもっていたし、人しか通れないというシチュエーションは、ほかにはない趣となっていたはずだ。ネットで「三鷹の跨線橋」を検索すれば、たくさんの画像を見ることができる。

 そういう場所が消えてしまう。その喪失感は人を動かすのだろう。それが映像などの創造に向かっても不思議ではない。映画『橋と眠る』はその成果なのだと思った。先に「跨線橋を舞台に」と書いたが、この映画の主役は跨線橋である、といっても制作者の方々の失礼には当たらないと思う。

 とにかくこの映画に登場する跨線橋の映像は美しい。これは特筆したい。夕陽の絶景は異界を想起させるし、〈橋〉が異界とつながっていることを感じさせる。物語は、跨線橋のそばで暮らす主人公(監督が演ずる、脚本も)と家族、その周囲の人びとで展開される。主人公は余命わずかと宣告される設定になっているし、登場する人びとの生のあやうさは、橋のあやうさに重ねられている。「年老いた橋が静かに見守る、悩める人々の物語」というのは、ちらしにある神山てんがい監督の弁。たしかにそういう映画だと思う。

 劇中の音楽はすべてオリジナル。映画とシンクロしたいい意味でのレトロ感のある曲が多かった。その楽曲のひとつを受け持ち、役者としても登場した「不汁無知ル(ふじるぶじる)」が、上映後の舞台挨拶で登壇し1曲演奏した。これがすごかった。異界につれていかれそうな迫力があった。

 それから、これはぜひ書かなければと思ったのは、上映終了後、期せずして客席から拍手が起こったことである。感覚としては、芝居を観終わったときと似ていた。映画では経験したことのないできごとだった。〈橋〉と映画への熱い思いが伝わってきた。

 なお三鷹市は、跨線橋の階段の一部を現在の南側階段跡地付近に保存し、橋の記録と記憶を残す「ポケットスペース」として整備することを発表した(2025年2月18日、東京新聞)。

映画『橋と眠る』は3月14日(金)より20日までMorc阿佐ヶ谷で上映。連日13時30分より、一般1500円、60歳以上・学生は1300円。問い合わせはMorc阿佐ヶ谷=電話03-5327-3725。

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By 杉山尚次

1958年生まれ。翌年から東久留米市在住。編集者。図書出版・言視舎代表。ひばりタイムスで2020年10月から2023年12月まで「書物でめぐる武蔵野」連載。

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